ガバナンスという考え方の出発点(2010年夏)

I. コーポレートガバナンス

日本でガバナンスという言葉が使われるようになったのは、'01年の会社法改正がきっかけです。

この改正は、従来の会社法で「資本充実の原則」などとして債権者の利益を重視していたことを改め、

「会社は株主のもの」つまり株主主権の原則を打ち立てたものです。

株主主権の下では、 株主総会が最上位にあり、 株主総会で選出された取締役が、 互選によって代表取締役つまり社長を決め、

その代表取締役が執行役員を任命し、 併せて同じ株主総会で取締役とは別に選出された監査役が株主全体に代わって

経営と執行を監視するということになります。

執行とは実行するということです。 こうした捉え方の全体がコーポレートガバナンスとよばれるようになりました。

II. 国のガバナンス

ガバナンスという英語は本来 「国の統治」 を意味する言葉です。

コーポレートガバナンスにおける場合と同じように、 国のガバナンスを論ずる出発点は 「国は誰のものか」 という問いかけにあります。

イギリスの議会制民主主義の考え方も、 フランス憲法も、 米国憲法も、 またそれをコピーした戦後日本の憲法においても、

答えは 「国は国民のもの」 です。 国は国民のものということで合意していれば、 選挙に臨む国民全体が株主総会に相当し、

全国民から選挙で選ばれた国会が取締役会に相当し、 国の意思決定を行います。

その国会議員の互選によって首相を指名し、 その首相が会社で言えば代表取締役と同様、 各省大臣を任命して内閣を組織するわけです。

大臣は会社で言えば執行役員、 内閣は執行役員会です。 ここでも執行とは実行することです。

コーポレートガバナンスとの対照で言えば、 経営執行部を監視する監査役会に相当する機能は日本のガバナンスにはありません。

長くタブーとされていた 「国のガバナンス」 が戦後初めて法律の姿をして国会に現れたのは、 '99年の内閣法改正でした。

行政改革の立法の精神を説いた 「行政改革会議最終報告」 の前文、 そして新内閣法の第1条を読めば、

この憲法の下での国民と国会と内閣の在り方と位置づけが明らかになっています。

Ⅲ. ガバナンスに責任のある人々

コーポレートガバナンスに責任があると思われるのは、 株主、 取締役、 監査役、 執行役員はもとより、 経営の内容を明らかにする公認会計士、

法令が守られているかどうかを判断する公務員や弁護士、 株主を含む不特定多数の人々に情報を発信するメディアも含まれます。

その他の法人や組合そして政党のガバナンスについても同様に責任のある人々を特定できます。

個々の会社を越える市場全体のガバナンスを考えるのは、 国の役割です。

国のガバナンスに責任があると思われる人々は国民、 国会議員、 内閣の構成員はもとより、 内閣に代わって政策を実行している公務員、

主権者である国民の判断を左右するメディアなどです。

地方自治体のガバナンスについても国に準じて責任のある人々を特定できます。

個々の国を越える国際社会のガバナンスでは、 各国が主権者であり合意の実行者です。

IV. 私どもの願い

主権者を頂点とするガバナンスの構図に基づいて、 今ある仕組みを再設計するとすれば、 一部で始まっている相当の見直しが必要になるかもしれません。

本誌は、 『会社や国の主人公、 すなわち主権者が明らかな場合に、 国や会社などがその主権者の意志に沿って動く仕組みになっているかどうかを

様々な角度から検証し、 そしてその仕組みに責任のある人々が共有できる常識common senceを形成すること』 を目指して発刊しました。

ガバナンスに関係する多くの皆さまが議論に参加いただき、 この国のかたちを整えていっていただければこの上ない幸甚であります。

なお、 本誌第2号以降についてご投稿いただく各位に本誌1ページのようなお願いを申し上げる失礼をお許しください。