国際社会と法の支配

ガバナンス研究所研究員 ポール スミス

国際社会の主権者は各独立国。

国民が主権者である民主主義国とは違う。

この小論では、民主主義国の国民が服すべき法の支配になぞらえて、国際社会の各独立国が

服すべき法の支配をどの程度まで考えることができるのか、

あるいはどの程度まで考えるべきなのかを問いかけようとしている。


法を守らせる公権力が実態として存在しない国際社会において、厳格な法の支配を望むことはできない。

多くの独立国が共有できる常識(コモンセンス)を条約によって固め、それを積み上げて、

ここで言う法の支配に近づけるという以外にない。


二度の世界大戦とその後の旧ソ連崩壊の結果、独立国らしい独立国の数が急増し、

国際社会は不特定多数の社会というべき状態になった。

そのため、国際社会が共有できるコモンセンスが広がってゆくように見える。
この小論では国際社会がコモンセンスとして固めてゆくべき二つのテーマを例示する。

一つは各国の内政に干渉せざるを得ない事柄であり、もう一つは凶悪な犯罪を重ねる特定国に対し、

事実上の刑事罰を執行する可能性を探るものである。

国際社会が各国の内政に干渉してきた前例として人権問題があるが、同じ程度のエネルギーを

傾注すべきテーマとして、ここではシビリアンコントロールを取り上げる。


また、現状では法を守らせる公権力に欠ける国際社会においても、殆ど全ての国が脅威と見做す

凶悪犯罪国に対しては、国際社会の大半が連帯し、事実上の刑事罰を執行する枠組みを構築できる可能性はある。

核拡散防止条約の強化がその突破口となり得る。